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クラシカル・ウォッチ:

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  1. 2009/11/26 N響・第1657回定期の放送
  2. 2009/11/25 強者弱者(34)
  3. 2009/11/24 二期会公演「カプリッチョ」
  4. 2009/11/23 強者弱者(33)
  5. 2009/11/22 読売日響・第520回名曲シリーズ
  6. 2009/11/21 ディミトリ・ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィル(21)
  7. 2009/11/21 強者弱者(32)
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N響・第1657回定期の放送

アンドレアス・ルートヴィヒ・プリヴィン指揮のN響、10月の最終回は10月28日にサントリーホールで行われたB定期です。なに、アンドレ・プレヴィンのことですがね、ドイツ人ですから本名は上記の通りです。
誕生日は知りませんが、1929年生まれですから今年80歳。6歳年上のスクロヴァチェフスキ翁と比べると、年齢よりは老けた感じがします。


これは書くことがほとんどないコンサートでした。N響のB定期と言えば、かつてはマニア向けの凝ったプログラムが好評だったシリーズです。私も随分通いましたっけ。

それが昨今は酷いことになっていますね。この回だってオール・モーツァルト、しかも交響曲の38番、39番、40番ですから。
別にモーツァルトが悪いというのではなく、N響がこんなプログラムばかり組むことが問題。ファンのクラシック離れに拍車を掛けるだけじゃないでしょうか。それでも客席は大賑わいと言う所が引っ掛かります。

書くこともないので、繰り返しのことにでも触れておきましょうか。

基本は、アレグロ楽章の提示部だけ繰り返す姿勢。
第38番は第1楽章と第3楽章の提示部のみ実行。第39番は第1・4楽章の提示部と第2楽章の前半のみ。第40番は第1・4楽章の提示部だけ実行。
メヌエット楽章は、もちろん普通の繰り返し。

弦楽器の編成は10−10−6−4−2で統一。第1と第2ヴァイオリンが同数なのが特徴。
ホルンは木管楽器群と考えて木管2列目左側。トランペットとティンパ二は右奥でコントラバスの後ろに配置。

珍しく40番はクラリネット無し版を使っていました。このスコアは手に入れるのが難しく、新しいベーレンライターは全集版を全て購入しないと入手できない仕組みです。

と思っていたら、今月のヘフリッヒ社の新刊広告にクラリネット無し版の単独販売が出ていました。長い間の不満がこれで解消します。
ヘフリッヒにブラヴォ〜〜〜、としておきましょう。

全部聴き通すのに苦労した放送。ナマで聴けば少しはマシなんでしょうか。
私にとっては、モーツァルトという仮面を被った退屈。

 

強者弱者(34)

除隊兵

 廿五日頃一年志願兵を除きて満期義務兵皆除隊。制服制帽の身に寸分の隙なく塵一つ止めざるは天晴武者振り、特に私費を以てしつらへたりと覚ゆ。古き鞄に土産の絵巻もの、記念撮影の写真など束ねて、茫然と街上に歩を運ぶさま無帯剣とはいへ、昨日の面影また見る可くもあらず。只訝しきは入営の日より待ちわびて夢寐にだも忘れざる除隊の日といふに彼等の歩みの遅々として家路を急ぐ人とも覚えぬことなり。住みなれし営舎に別れを惜むか。ただしは華やかなる都の生活の恋しきか。何れにしても街上に見る除隊兵の茫々然として其行く処を知らざるが如きものあるは何ぞ。


          **********


100年前の日本には徴兵制がありました。明治5年から6年にかけての徴兵令布告が始まりだそうですが、昭和2年に兵役法が公布されてより厳しい制度になったそうです。
秀湖が志願したのは徴兵令の時代。いろいろ問題の種になったことは、故・大江志乃夫氏の「凩の時」にも描かれています。
これは自らの体験も踏まえての世相描写と言えましょう。

一年の義務を終えて心待ちしていたはずの除隊を迎えたのにも拘らず、多くの除隊兵が営舎を離れるのに忍びなかったという様子。兵隊に行っている間は衣食住に困りませんが、世間に放り出されればその日から食うのに困った人もいたのでしょう。


「夢寐」(むび)は、眠って夢を見ること。「夢寐にも忘れぬ」と使うように、除隊のことを忘れない日は一日として無い、という様を表現しています。

 

二期会公演「カプリッチョ」

昨日の勤労感謝の日、二期会公演のリヒャルト・シュトラウス「カプリッチョ」を観てきました。二組のキャストが其々二公演、計4日間開催の最終日です。私が観た回の主な配役等は、

伯爵令嬢マドレーヌ/釜洞祐子
伯爵/成田博之
作曲家フラマン/児玉和弘
詩人オリヴィエ/友清崇
劇場支配人ラ・ロシュ/山下浩司
女優クレロン/谷口睦美
ムッシュ・トープ(プロンプター)/森田有生
イタリア人ソプラノ歌手/高橋知子
イタリア人テノール歌手/村上公太
執事長/小田川哲也
 管弦楽/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
 指揮/沼尻竜典
 演出・装置/ジョエル・ローウェルス

このほかに8人の従僕たちや第9景でバレエを踊るダンサーも重要ですが、名前は省略します。ごめんなさい。

前日の冷たい雨とは打って変わった小春日和の午後、何の情報もないままに日生劇場に向かいます。時期が時期なので新橋で下車、日比谷公園内松本楼の前にある大銀杏の紅葉を眺めてから会場へ。

私がカプリッチョを観るのは二度目で、前回は東京オペラ・プロデュースの公演、原語による日本初演の際でした。鏡を巧く使った松尾洋の演出が伝統に沿ったもので、作品の泣き笑いを楽しんだものです。

今回はベルギーの演出家ローウェルスがオペラをどう料理するか。先日もワルキューレで絵画的にも美しい舞台を創り出した若手です。

配られたチラシの中に「演出家からのメッセージ」というペラの青紙一枚が挟まれていました。

“もちろん音楽作品として価値のある遺産であることに間違いはない。しかし私は、演出家としてこの作品の中にもっと普遍的な足跡を見つけ出したいと思った。言葉と音符の中に単なる芸術表現ではなく、より人間的なメッセージが隠されてはいないだろうか?”

嫌な予感が走ります。
そして・・・。

一にも二にもこの演出が評価の分かれ目、というのが私の感想です。正直に言って理解に苦しむ演出。
観終わった直後は拍手を躊躇われるような違和感を感じましたが、一晩経過して多少は納得できる点も出て来たところですね。もう一度観て確認したい気持ちですが、私が接したのは既に千秋楽でした。

感想の整理もつきませんので、気の付いたことを箇条書きで残しておきます。


指揮者登場、前奏曲が始まると同時に幕が開きます。荒廃したサロン。シャンデリアが天上から落ち、家具調度がひっくり返っています。
暗闇の中にフラマンとオリヴィエが登場し、何やら探し物をしている様子。
入れ替わるようにナチスのドイツ兵たちが侵入してきます。テロップには「1944年占領下のパリ」。
兵士たちが調度を元に戻したところからオペラがスタートします。

こんな政治的な「モノ」を引っ張り出して落とし前をどうつけるのか、というのが最初の疑問。これが尾を引いて素直にオペラに没入できません。
80歳のシュトラウスが取り組んでいたナチス政権下のドイツを意識していることは間違いありませんが・・・。

東京オペラ・プロデュースの時と同様、第7景の最後でマドレーヌが“チョコレートをこのサロンで頂きましょう”と言う所で照明が落とされ、休憩。


後半の舞台が豹変したのは第10景の最後。冒頭に出たナチス兵たちが闖入してきます。
ここで明らかになったのは、フラマンとオリヴィエがユダヤ人であって、連行の対象になっていること。
更に演出家ラ・ロシュが実はナチ党員であることも明白に。帰り仕度で身に付けたコートにハーケンクロイツの縫い取があるのが見て取れました。
そのラ・ロシュ、兵士の隙に乗じてフラマンとオリヴィエを逃がすシーンも描かれています。

第11景は8人の下僕によるレリーフですが、ここは完全にナチ・ドイツの将校や兵士にすり替えられています。
第12景。プロンプター・ボックスから登場するムッシュ・トープは、晩年のリヒャルト・シュトラウスそっくり。プロンプター=作曲家自身、と見做して良いでしょう。

奇抜な読み変え、深読みは更に続きます。

この歌劇のハイライトとも言うべき「月光の音楽」。ここには月は無く、第9景でバレエを踊った踊り子(伊藤範子)が一人登場して舞います。それを横で見ていた一人の兵士が欲情、踊り子に近付くと、何とこの兵士が前景でもデュエットしたダンサー(原田秀彦)であることが判ります。
露骨には描きませんが、デュエットを終えた後の表情からして、兵士が欲望を満足させたことは明らか。

踊り子=オペラ芸術、兵士=暴力、と読み変えれば、戦争という暴力によって伝統的なオペラ芸術が凌辱されたことの象徴、と見ても良いのでしょうか。
この観点から改めて舞台を見ると、シュトラウスが出てきたプロンプター・ボックスは棺桶であったことに気が付きます。「オペラの死」。

謎は更に追い打ちをかけ、最後の場面で歌うのは年老いたマドレーヌ。オペラ本編では30歳位の設定でしょうが、最後は70歳位に見えましたね。
これを舞台下手の暗闇で見つめるのは、どう見てもムッシュ・トープ。

仮に第12景から最後の場面までに40年ほどが経過していたのだとすれば、最後のムッシュ・トープは亡霊に違いないでしょう。

幕切れで静かに閉じられてしまうサロン。これまた「オペラの死」の象徴か。

それにしても何故マドレーヌを老婆にしてモノローグを歌わせたのか、私にとってローウェルス演出の最大の謎はここにありました。

細かな点ですが、黙役の年老いた召使の役割は何だったのか? マドレーヌとオリヴィエ、マドレーヌとフラマンの、本来なら二人だけの場面でも必ず舞台に出ていたのは何故か? ユダヤ人の会話を盗聴する「耳」という意味があるのか?


以上、謎が一つに纏まらない印象ですが、プログラムの解説(広瀬大介)に面白い指摘がありました。
幕切れにホルンが二回繰り返すモチーフは、クエスチョンマークの形を模している、という指摘。
なるほどスコアを45度回転させて楽譜を見ると、ホルンのメロディー・ラインとこれを受けるピチカートの和音は、正に「?」の形。

マドレーヌの最後の一節、“ありきたりではない結末は無いのだろうか” という疑問こそがローウェルスの演出の原点。巨大な二つのクエスチョンマークによって謎を聴衆に問うたのか、とも思えるカプリッチョでした。

その結果、本来は喜劇であるはずの「カプリッチョ」が悲劇に変わってしまった、というのが私の現段階での結論です。


余りにも演出の細部に目が行ってしまい、肝心の音楽を聴くべき耳が疎かになったのは残念。
日生劇場の乾いたアクースティックで聴くシュトラウスは、甘さ控えめのシュトラウスといった感想。

難解なオペラを堂々と原語で演じ切ったスタッフ全員に大拍手。テキストを細部まで読み込んで、適切な管弦楽を演奏したマエストロ沼尻とオーケストラにもブラヴォ。

二期会のシュトラウス・シリーズ、次は何が飛び出すのでしょうか。

 

強者弱者(33)

霜柱

 東京にて寒さの最も甚しきは北豊島に接する小石川、駒込の町々なり。千駄木富士前曙一円の地高台にして霜どけの甚しき市内他に其比を見ず。最も暖きは高輪、三田一円の地なり。千住は南北とも駒込に比して遥に暖かなり。新宿の寒さは駒込につぐ。駒込は初冬の乾燥期に入りて雨を見ざる事三旬の長きに亙るも、足一度裏小路に入れば霜解けの泥濘履を没して行く可からず。
 廿三日 新嘗祭 雲はびこりて、風寒し。しぐれもよひの空、大根と油揚げの味を思はしむ。


          **********


東京で最も寒いのは小石川や駒込。暖かいのが高輪や三田とありますが、現在ではこういう感覚は判りませんね。

私のサラリーマン時代は、勤めていた赤坂見附が寒く感じられました。四谷の山からの風が紀の国坂を吹き下って、弁慶掘一帯の寒かったこと。尤もこれはビル風が影響していたのかも知れません。

「旬」は、ここでは「じゅん」と読みます。上旬・中旬・下旬の旬。10日間のことですね。三旬の間雨が降らないということは、丸々一月も降雨が無いこと。
それでも昔は霜解けのために道がぬかるんで、ぬかるみに靴を取られて歩けなかったものです。


今日、11月23日は「勤労感謝の日」。正しくは、というより古くは「新嘗祭」(にいなめさい)です。この字くらいは問題なく読めるでしょうが、念のため。
天皇が新米を神に献上し、また食する祭儀。広辞苑によると、古くは陰暦11月の中の卯の日に行われたそうです。

 

読売日響・第520回名曲シリーズ

11月の読売日響は、同団名誉指揮者のロジェストヴェンスキー月間です。2種類のプログラムを2度づつ演奏して計4回。方やチャイコフスキー、此方シュニトケという、東京がロシアの冬景色に覆われる一ヶ月です。覚悟はよろしいか。

てな訳で、前半のチャイコフスキーを聴いてきました。既に20日に池袋でも演奏したプログラム、私が聴いたのは未だ暖かいサントリーでの名曲シリーズでした。

開場前に長蛇の列ができています。ロジェヴェン人気も大したものだな、と思ったのは間違い。小ホールで行われるコンサートが自由席らしく、良い席を求めた人の列でした。
一方の大ホールは空席もかなり目立ちました。会員席に空きがあったということは、チャイコフスキーに人気が無いのか指揮者故か。ま、チャイコフスキーと言っても普通のクラシック・ファンは聴いたことのないものばっかりですからね。

読響の重厚名演路線に聴き疲れしたファンの皆さん、もったいないことをしましたね。チャイコフスキーの知られざる名曲に触れられる絶好のチャンスだったのに。

〜オール・チャイコフスキー・プログラム〜
チャイコフスキー/交響的バラード「地方長官」
チャイコフスキー/幻想序曲「テンペスト」
     〜休憩〜
チャイコフスキー/組曲第1番
チャイコフスキー/戴冠式祝典行進曲
 指揮/ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
 コンサートマスター/デヴィッド・ノーラン
 フォアシュピーラー/小森谷巧

メンバーが登場して直ぐに気が付くのが、チェロが右端に出ていること。アルブレヒト時代の読響はこの配置でしたが、スクロヴァチェフスキに替ってからはヴィオラが右端に出ていました。
今回は元のシフトに。もちろんロジェストヴェンスキーの指示だと思われます。

プログラムを眺めているだけでは判らないのですが、実際に聴いて確認できたのは、前半と後半がチャイコフスキーの「哀楽」に分かれていること。「鬱」と「躁」、と言い換えてもよろしい。

前半の2曲は、チャイコフスキーの得意としたドラマをベースにした作品です。地方長官はポーランドの詩人ミツキエヴィチのバラードがインスピレーションの源泉。私はナマで聴くのは初めてです。
劇的な展開ですが、ハープとチェレスタに先導される中間部のメロディーの美しさは特筆ものです。毎度のことですが、メロディー・メーカーとしてのチャイコフスキーの才能に改めて舌を巻きました。


テンペストは、去年の定期でラザレフも取り上げた作品。これも滅多に演奏されない曲ながら、2年連続でナマに接することが出来るのは読響ならでは。
記憶ではラザレフは熱いチャイコフスキーを響かせましたが、ロジェストヴェンスキーのスタイルは何処か覚めたところがあります。
これまた美しいミランダの主題がチェロで登場するところも、クールでラザレフほどにはのめり込みません。

ところでこの日マエストロはカーマス版で指揮していましたが、私が使っているベリャエフ版とは少し違うところがありました。件のチェロによるミランダのテーマの冒頭も、チェロの斉奏ではなく毛利伯郎のソロに委ねられています。


後半最初の組曲は文句なく楽しめる一品で、チャイコフスキー節が素敵です。これまたナマで聴くのは初めて。いっぺんに作品の魅力の虜になりますよ。

全体は6曲からなりますが、プログラムに書かれていたのは各楽章のタイトルだけ。これじゃぁ鑑賞の助けにはなりません。ここまで素っ気ない解説に徹しているのは流石に読響。

第2曲「ディヴェルティメント」は実質的にロシアのワルツ。藤井洋子の巧みなリードでワルツが始まります。
第3曲「間奏曲」は演歌そのもの。そう、ロシア風演歌。中間部を二度挟む5部形式ですが、3度も繰り返される演歌が耳に付いて離れません。

第4曲「小行進曲」は昔ライナーの録音で聴いていた短いマーチ。ヴィオラ以下の低弦はお休みで、弾いていないメンバーの楽しそうな表情が印象的。
第5曲「スケルツォ」もチャイコフスキーならではの弦と管の対比が楽しい作品。

以上4曲を挟む第1曲「序奏とフーガ」と第6曲「ガヴォット」だけが所謂バロック期の組曲に使われている楽曲。フーガは何処となくバッハを思わせるし、ガヴォットの最後でフーガ主題が回帰することで組曲全体を統一しています。
このガヴォット、ロジェストヴェンスキーはかなり速いテンポで進めることによって、楽しさよりは寧ろ皮肉や風刺を籠めているようにも聴こえるところがミソだと思いました。


最後の行進曲は機会音楽。今年のお正月にラザレフが日本フィルでプログラムの冒頭でドッカーンとぶちあげて度肝を抜きましたが、ロジェストヴェンスキーはプログラムの最後でドッカーンと締め括りました。

それまでは反応の鈍かったサントリーホールの客席でしたが、最後の大爆発で漸くいつもの拍手喝采を思い出したようです。


読売日響は相変わらず重厚で堂々としたアンサンブルを聴かせてくれました。

ロジェストヴェンスキーは、「テンペスト」でも触れましたが、泰然としたアプローチで冷静な印象を与えます。これがショスタコーヴィチやシュニトケでは絶大な効果をもたらしますが、チャイコフスキーでは一歩引いたような印象を与えるのも事実。
客席の反応がどことなく恐る恐るに感じられたのは、その所為かも知れませんね。

 

ディミトリ・ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィル(21)

今回からニューヨーク・フィルの第113回シーズンのプログラムです。ミトロプーロスが音楽監督に就任4シーズン目に当ります。


1954年10月7・8・10日 カーネギーホール
 ウェーバー/歌劇「魔弾の射手」序曲
 バッハ=ミトロプーロス/幻想曲とフーガ ト短調
 ワーグナー/楽劇「ワルキューレ」第1幕全曲(演奏会形式)
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ソプラノ/アストリット・ヴァルナイ
  テノール/ラモン/ヴィナイ
  バス/ルーベン・ヴィシェイ

1954年10月12日 コネチカット州ハートフォード
 ウェーバー/歌劇「魔弾の射手」序曲
 メンデルスゾーン/交響曲第5番
 プロコフィエフ/交響曲第5番
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス

1954年10月14・15日 カーネギーホール
 カバレフスキー/序曲「コラ・ブル二ョン」
 ショスタコーヴィチ/交響曲第10番(アメリカ初演)
 チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ヴァイオリン/ミッシャ・エルマン

1954年10月17日 カーネギーホール
 カバレフスキー/序曲「コラ・ブル二ョン」
 チャイコフスキー/組曲第1番
 チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ヴァイオリン/ミッシャ・エルマン

1954年10月21・22日 カーネギーホール
 ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第2番
 モーツァルト/ピアノ協奏曲二長調K537
 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ピアノ/ロベール・カサドシュ

1954年10月23日 カーネギーホール
 モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲
 シューベルト=リスト/「さすらい人」幻想曲
 ミヨー/ピアノと管弦楽のための幻想曲「エクスの謝肉祭」
 ベートーヴェン/交響曲第3番
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ピアノ/グラント・ヨハンセン

1954年10月24日 カーネギーホール
 モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲
 シューベルト=リスト/「さすらい人」幻想曲
 ベートーヴェン/交響曲第3番
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ピアノ/グラント・ヨハンセン

1954年10月28・29日 カーネギーホール
 シューマン/序曲「ジュリアス・シーザー」
 クープラン=バズレール/チェロと管弦楽のための Pieces en Concert
 リエティ/チェロ協奏曲第2番(世界初演)
 ヴォーン=ウイリアムス/交響曲第4番
 R.シュトラウス/楽劇「サロメ」〜7枚のヴェールの踊り
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  チェロ/ラーヤ・ガルブーソヴァ

1954年10月30日 カーネギーホール
 クープラン=ミヨー/「La Sultane」前奏曲とアレグロ
 メンデルスゾーン/ピアノ協奏曲第1番
 ショスタコーヴィチ/交響曲第10番
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ピアノ/アニア・ドルフマン

1954年10月31日 カーネギーホール
 クープラン=ミヨー/「La Sultane」前奏曲とアレグロ
 クープラン=バズレール/チェロと管弦楽のための Pieces en Concert
 リエティ/チェロ協奏曲第2番
 ヴォーン=ウイリアムス/交響曲第4番
 R.シュトラウス/楽劇「サロメ」〜7枚のヴェールの踊り
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  チェロ/ラーヤ・ガルブーソヴァ

1954年11月4・5日 カーネギーホール
 クープラン=ミヨー/「La Sultane」前奏曲とアレグロ
 シューマン/交響曲第2番
 プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第2番
 スカルコッタス/ギリシャ舞曲集(アメリカ初演)
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ピアノ/ピエトロ・スカルピー二

1954年11月7日 カーネギーホール
 パガニーニ=モリナーリ/無窮動
 プロコフィエフ/ピアノ協奏曲第2番
 シューマン/交響曲第2番
 スカルコッタス/ギリシャ舞曲集
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ピアノ/ピエトロ・スカルピー二

1954年11月11・12日 カーネギーホール
 ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲
 メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲
 ブラームス/交響曲第2番
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ヴァイオリン/ジノ・フランチェスカッティ

1954年11月14日 カーネギーホール
 ロイ・ハリス/交響的警句(世界初演)
 メンデルスゾーン/交響曲第5番
 チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番
 ドヴォルザーク/序曲「謝肉祭」
  指揮/ディミトリ・ミトロプーロス
  ピアノ/ヴァン・クライバーン


          **********

10月14日がショスタコーヴィチの第10交響曲のアメリカ初演。このシンフォニーは1953年12月17日にレニングラードでムラヴィンスキーによって演奏されたのが世界初演。
手元にあるMCAミュージック版のスコアにも、ミトロプーロスによるアメリカ初演の記録が掲載されています。

10月23日のミヨー作品は、バレエ音楽「サラダ」から編曲したもの。

10月28・29日のクープラン作品については詳しいことは不詳です。そもそもフランソワ・クープランなのかルイ・クープランなのか。編曲者バズレール Bazelaire という人に付いても調べがつきません。

この日に世界初演されたリエティ Vittorio Rieti (1898-1994) は、エジプトのアレキサンドリアに生まれてニューヨークに没したという変わった経歴のイタリアの作曲家。1940年にアメリカ移住、1944年にアメリカ国籍取得。
1925年からパリに住み、ディアギレフのためにバレエ作品も書いています。ストラヴィンスキーやフランス6人組に影響を受けた人です。

10月30日に演奏されたクープラン作品のミヨー編曲、こちらは間違いなくフランソワ・クープラン。原曲は4声のソナタ「スルタン妃」。ミヨーが編曲したスコアはエルカン=フォーゲル社から出版されています。3管編成で、演奏時間7分。

11月4日にアメリカ初演されたスカルコッタス作品は、かつてオイレンブルクからポケット・スコアが出ていたほど有名になった作品です。スカルコッタス Nikos Skalkottas (1904-1949) は、カルキスに生まれてアテネで没したギリシャの作曲家。もちろんミトロプーロスと同郷です。ベルリンで勉強した後、1933年に帰郷。作曲家であることを知られないように秘密裏に作曲した人で、作品は死後になって認められています。
ギリシャ舞曲集は36曲からなっていますが、オイレンブルク(ユニヴァーサルからも出版)にあったのは5曲を選んだもの。ミトロプーロスが演奏したのは恐らくこの版だと思われますが、詳細は判りません。

11月14日に世界初演されたハリス Roy Harris (1898-1979) は、ネブラスカで生まれカリフォルニアで没したアメリカの作曲家。交響曲作家として知られる人で、第1交響曲はクーセヴィツキー/ボストン交響楽団が初演しています。特に第3が名高く、バーンスタインも得意にしていましたっけ。
シンフォニーは全部で13曲ですが、第13番は「第14番」として初演されています。何故かは判りません。ここで初演されたのは Symphonic Epigram というタイトル。

 

強者弱者(32)

落葉

 落葉の音頻りなり。落葉はその晩秋のこがらしに吹かれて高く空に冲し、夕日に翻る態もよし。一度地に委したるが、微かなる風に地を払って行く人の裾にまとひ、即かず、離れず、転々として大地を走り溝に入りて斂まりたるもをかし。されど其最も趣味深きは、暁天澄んで水の如きに、萬象動かず寂寞として死せるが如き時、霜に傷み、寒に驚いて自ら梢を離るゝ落葉の音なり。古の詩人が暁の鐘の響に散るといひけんも机上一片の技巧とのみいふ可からず。
 各商店、歳暮年始の贈答品を仕入るゝに忙し。毎年此月に入りて景気よきは畳屋なり。畳屋には老舗多し。南東京に伊皿子の江原あり、北東京に駒込の青木あり、共に江戸開府以来の旧家として聞ゆ。


          **********


これも国語の勉強みたいになってしまいますが、いくつか解説風に。

「高く空に冲し」の「冲する」(ちゅうする)は、高く上るの意味。

「地に委したる」の「委する」(いする)は、ゆだねる、とか、まかせること。

「即かず、離れず」は、「つかず、離れず」と読みます。この漢字だということ知ってますか? 何を今更、と怒られそうですけど…。
不即不離(ふそくふり)の訓読みですね。

「暁天」(ぎょうてん)は文字通り、夜明けの空。
冬に入って間もなく、空気がピタリとして動かず、あたりに静寂が立ち込める刻があります。そんな時の落葉の音を描いた文章。


畳屋の話が出てきますが、後に秀湖が娶ったのは、伊皿子小町とも呼ばれた江原家の娘。この文章が明確に何年のものかは判りませんが、結婚は明治42年(1909年)9月なので、あるいは心当たりがあったのかもしれません。

1990年代までは江原の弟子とか孫弟子と称する人が畳屋の中に少なくなかったのだそうです。

 

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